回転

二枚の花びらが摘まれていた。
誰に摘まれたのかもう分からなくなってしまったが、
次の芽を咲かすために一生懸命大事にしていた最初で最後の二枚だった。本当は綺麗な白だった。しかし途中で真っ赤に染まってしまったものだから、あまりにも可哀想になってコットンをいっぱい買って帰ったのを覚えている。

あんなにも繊細に扱っていたはずなのに摘まれたことに気づかなかった。なぜ気づかなかったのか。いや、本当は気づかない振りをしたのだ。もう大事に出来なくなった。あの二枚が消えても、また新しい花びらを買ってくればよいと思うようになった。

月に三回程度、交換する。すぐ枯れるから回転がとても早い。一時間で新しい二枚を貰い、それらを捨てる。月末にはコットンをたくさん買う。その繰り返しで、最後には花の名前すら分からない二枚に、私は枯らされるのだ。

もう私はあの赤いランドセルを背負えない。
大人になった私はかわいいそれを売ってしまった。
背中がスースーして気持ちいい。
これでやっと、私は私だけのものになれた。
明日も明後日も踊り場で一人の女が回転する。


PS,少しずつ文が書けなくなってる気がする。

渦中

2022年7月8日。現代の若者の指が盛んに動きだす。
SNSや新聞、テレビなどの多くの媒体が情報を更新する。かっこいいお洋服や可愛いアクセサリーをアップする。自分の気持ちを綴った文章をアップする。
人間は誰も救うことができない。
あなたも私を救えなかった。私もあなたを救えなかった。あなたというのはあなたである。それは特定的な人物でもあり私の知らない人物でもある。
増税少子化憲法改正。無駄な情報が錯綜する。
明日の天気は晴れのち雨。病院に響く真新しい産声。イヤホンから漏れるしゃがれたギターの音。快速電車の警笛。雑踏の中で命が一つずつ生まれ消えてゆく。
人間は誰も救うことができない。
通りゆく人々の鼻が伸びていくのを感じた。
私の鼻もいずれそうなる。それがとてつもなく怖い。
若者たちが恋をする。需要と供給で食い繋ぐ社会。
彼らの身体はみんな違うと思った。しかしどれも同じだった。変わらなかった。
人間は誰も救うことができない。
気持ちを吐き出す。心を吐き出す。そうやって生きていても何も出なかった。
水分を出す。体液を出す。そうやって生きていても
何も変わらなかった。
人間は誰も救うことができない。
少しでもいいから助けてほしかった。
空は多分、明日も綺麗だと思う。

忘れられた服

あの頃、私たちは周りの目なんか気にせずに、自分達が好きなお洋服を自由に身に纏っていた。派手なドレス、穴の開いたジーパン、指にはたくさんのシルバー925が獲物を捉えるようにうずくまっている。目を光らせている若者の利き手にはもう一人の自分がいた。落としたら消えてしまうであろうドッペルゲンガーに魅せられた男女は、それぞれリングを外してベッドの傍のリングスタンドに立てる。そうして彼らは月を見なかったことにして朝を迎える。その繰り返しだった。それがずっと続くと思っていた。

最近、毎晩月を眺める。30歳になる月の朔日に、久しぶりにクローゼットの中から、昔よく着ていたワンピースを出してみた。何も怖くなかった当時を思い出すと、いつもクスッとなる。
人には人生の選択が、大きく分かれるタイミングがある。あの子は今一体どうしているのだろう。

ワンピースのポケットにはブロンドの髪の毛が一本入っていた。

私は元気です。
わたしは元気です。
ワタシは元気です。

最終日に描く輪郭線

車窓から海が見える。
青色の表面が太陽に反射し、キラキラと光っていている。
ずっと海の波打つ様子を見ていると、まだ少しだけ温もりのある、乱れたお布団に見えて飛び込んでしまいたくなった。


人生の始まりは、夏休みの最終日に溜まった課題のように真っ白だ。少しずつ解き進めて、国語の大問2がやってくると、他人の人生に関わりを持たなければいけない瞬間に、私たちは直面する。自分の人生ではないからすごく面倒だし、同情なんてすれば自分が傷つくだけだ。しかし、それはとても素敵なことである。他人の輪郭を観察していると、孤独から数秒逃れることが出来る。さらに、お気に入りの輪郭線に出会うともっと細かく触れてみたくなる。指でなぞってみて、どんな曲線なのかとか、どのくらいの太さをしているのかとか、自分の中に取り込みたくなる。そうやって相手の心も身体の中身も知りたくなる。


私たちはいずれ、課題の最終ページに到達する。
最後の問題はどんな内容なのかは誰にも分からない。
振り返ると真っ黒に染まっている。

ふと、自分の骨をなぞってみた。
しかし触れることすら出来なかった。

やさしさ

駅前にて。人混みの中に私が座っている。男の人が「お姉さん」と私に向かって話しかける。それを無視する私。

人の視線が、冷たい空気よりも鋭く飛び交う。
みんなが黒く見える。私も黒く見える。

見えないところで人が傷ついている。
知らないところで人が死んでいる。
醜い言葉がどこかで囁かれている。
私は少し悲しくなった。

小さな視界で光を覗いてみると、眩しかった。
一点の情報だけで私の心が完結する。

大きな視界で星を眺めてみると、眩しかった。
膨大な情報だけで私の心が完結する。
星を見つめながら私はドカーンと叫んだ。銃撃音を叫んだ。血が出る音を叫んだ。それでも星は輝いていた。悲しかったのに涙は出なかった。

渋谷にて。人混みの中に私が立っている。男の人が「ホテルに行かない?」と私に話しかける。それに途中までついて行ってみる私。
本当に連れていかれそうになり、腕から逃げると、別れ際に「頑張ってね」と言われた。

人の言葉が桜の花びらよりも優しく散る。
みんなが透明に見える。私も透明に見える。

明日は宇宙を覗いてみよう。

そうしているうちに人が消えていく。あなたも私もいなくなる。彼らの人生が雑踏に溶ける。喜びや悲しさを語る間‪もなく、それぞれの自己に吸収されていく。

やっぱり私もみんなも黒かった。

死の恐怖

太平洋戦争末期、多くの命が一瞬にして消えた。特攻隊と呼ばれる決死の任務を背負わされた彼らは最後の瞬間に何を思ったのだろうか。


私は死が怖い。死ぬこと自体が怖いのではなく、その先に何があるのか分からないことが怖いのだ。だから早く分かりたいと思う。
生きているから死にたくない。私は生きたい。死が人間の救済であるなら、誰よりも生き抜いて、死への希望を確実に手に入れたい。

水の中で心臓の音が聞こえる。内臓が息をしている。

マリア

誰かの過ちが救われる世界になってほしい。
目をつぶるわけでも白に塗り替えるわけでもなく、一緒に残酷に刻み込んで包み込んであげたい。誰しも受け入れることは難しくてすごくすごく苦しいけれど全てを受け入れることは素敵な事だと思う。